荒川区南千住 学校給食(週3日以上・1日5時間OK)洗い場・パントリー のバイト・アルバイト求人情報 (W013904674)(日勤)

荒川区南千住 学校給食

時給1163円★週3日~◎未経験歓迎!洗浄スタッフ【パート】のお仕事

荒川区南千住 学校給食のアルバイト写真

職種

飲食・フード(洗い場・パントリー)

シフト

週3日以上・5時間/日から 相談OK
週3日以上・5時間/日から 相談OK
  • (1)
    09:00 〜 14:30
    時給1,163

勤務地

荒川区南千住 学校給食

東京都荒川区南千住8-2-3

お仕事内容

ソフト麺、カレー、揚げパンなど大人になっても記憶に残る給食。そんな思い出に残る給食作りにチャレンジしませんか?

学校給食の食器やお盆などの洗浄のお仕事です。
簡単な調理補助業務も行っていただきますが、経験豊富なメンバーがサポートしますので、学校給食の経験がない方でも安心してご勤務いただけます。
是非ご応募お待ちしております。

求人情報の詳細

給与

①時給1,163円/月払い

給与備考: 
■時給1163円 <入社祝いとして3万円支給※規定あり>
■交通費規定内支給

雇用形態

アルバイト・パート

シフト備考

◆勤務時間
(1)9:00~14:30 (実働5h)
◆勤務曜日
(1)月・火・水・木・金
◆その他
休憩30分
※週3日~OK・土日祝休み
※勤務時間や週の勤務日数は
面接時にご相談ください

★1月冬休み明けからの勤務もOKです!

交通費支給

交通費一部支給

研修

研修なし

残業

残業なし

休暇

・土曜日
・日曜日
・祝日
・学校休校日(春・夏・冬)
※長期休みあり

待遇

制服あり

応募資格

・年齢不問
・必要資格:資格不問
・未経験歓迎

備考

◎リゾートクラブあり、同好会活動(マラソン・フットサル・テニス他)あり、誕生日お祝い品あり

応募後のプロセス

応募後、担当者より詳細をご連絡いたします

契約期間

詳細の契約期間、契約更新・更新上限の有無については、各自応募先にお問い合わせください。

受動喫煙防止対策

施策詳細について記載がない場合は応募後、各自応募先にお問い合わせください。

求人ID

W013904674

職場の声

社員全員で作った給食を、美味しい!
と食べていただけるのが何よりものやりがい!
社歴に関わらず、みんなで意見を出し合っているので、「こんなやり方はどうだろう?」「次はこんなことをしてみたい!」という気持ちは積極的に採用しています。
そんな努力の積み重ねを、毎年本社で表彰もしています。

「子どもたちの笑顔をつくるために手間ひまを惜しまず、ひと手間をかける」それが私たちの企業姿勢です。
子どもたちの成長に欠かすことのできない給食。私たちと一緒に真心をこめて、てしおにかけた給食を作っていただける方を募集しています。

働きやすい環境が整っています!
「やりがいのある!」「働いていて楽しい♪」というスタッフ声も多数★

スタッフ同士のコミュニケーションは◎
なので、わからないことや不安なことはすぐに聞いていただける環境です!
和気あいあいとした雰囲気で楽しく働けますよ♪

たくさんのご応募お待ちしております!

特徴

  • 主婦(夫)歓迎
  • 中高年歓迎
  • 50代活躍中
  • フリーター歓迎
  • 未経験歓迎
  • 経験者歓迎
  • シフト相談OK
  • 早朝・朝のみOK
  • 昼間のみOK
  • 交通費支給

企業情報

葉隠勇進株式会社

給食提供事業、学童・児童館・保育園運営、自動車運行管理
東京都港区芝4-13-3 PMO田町東10F

葉隠勇進株式会社のアルバイト一覧

公開日 2024年12月11日 更新日 2024年12月11日

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荒川区南千住 学校給食の飲食・フード(洗い場・パントリー)のお仕事に関するお役立ち情報

東京都荒川区周辺の特徴・おすすめスポット

東京都荒川区は、東京23区の東北部に位置しています。同区は東西に長い形をしており、東北部には隅田川が迂回して流れているのが特徴です。大部分は平坦な地形をしているのに対し、南西部には諏訪台や道灌(どうかん)山と呼ばれる山手台地の一部があります。総面積は10.16平方kmで、東京23区の中では22番目にあたります。人口は、2018年1月30日現在で214,644人です。同区には古くからの歴史があり、人類が初めて居住の地としたのは約2~3年前の旧石器時代だと言われています。隅田川(旧荒川)の貴重な水資源が人々の生活に大きく影響を与えました。1594年、江戸入りしていた徳川家康が千住大橋を架け、足立区側の千住宿は千住大橋を越えて次第に拡大していきます。やがて荒川区側の小塚原町・中村町は千住下宿と呼ばれるようになり、江戸の北側玄関口としてにぎわいを見せました。同場所は、松尾芭蕉の「奥の細道」での旅立ちの地としても有名です。明治以降、同区が東京府に編入されると、農地に工場が次々に建てられ、近代化が進みました。1923年に起きた関東大震災の影響で、都心へと人口が流れ、土地の宅地化や商業化が進みました。1932年、東京都35制により、同区は誕生しています。