作陽学園高校寮生学食飲食・フード のバイト・アルバイト求人情報 (X005869602)

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≪急募≫【契約社員】調理員大募集!未経験者大歓迎!ブランクがある方も安心♪

作陽学園高校寮生学食のアルバイト写真
作陽学園高校寮生学食のアルバイト写真

職種

飲食・フード(給食調理)
高校運動部学生(アスリート)食堂の調理員

シフト

04:00~22:00の間で
実働8時間(休憩60分)

勤務形態:シフト制
※勤務曜日・時間応相談
04:00~22:00の間で
実働8時間(休憩60分)

勤務形態:シフト制
※勤務曜日・時間応相談

時給:1000円~1200円
※経験・スキルによる
研修中の給与変動:なし

時給1,000円~1,200円

4:00~5:00の勤務(25%増) 時給1,250円~1,500円
月給イメージ:160,000円~192,000円(月20日勤務した場合)
経験、資格を考慮します

勤務地

岡山県倉敷市玉島八島1541番地1作陽学園高等学校
新倉敷駅 徒歩 6分
金光駅 徒歩 67分
西阿知駅 徒歩 69分
備中呉妹駅 徒歩 80分
福井(岡山県)駅 徒歩 82分

お仕事内容

【作陽学園高校 学生食堂】でのお仕事です。食材仕込み(食材
を洗う、切る)調理(用意されたレシピの通りに計量する、切る
、煮る、焼く、炒める、揚げる)盛付け、食事提供サービス、
調理器具の洗浄、片付け等の業務に携わっていただきます。
調理師等の資格が無くてもできる調理のお仕事です◎

求人情報の詳細

雇用形態

契約社員

仕事の流れ(例)

(1)制服に着替え、手洗い、体調報告(2)下処理(食材を洗う、皮をむく食材をカットする等)、調理補助(レトルトの温め、お皿の準備、盛付け)(3)営業開始。提供、接客、下膳(4)営業終了。食器の洗浄、片付け、掃除※覚えれば誰でもできる簡単な作業です◎

こんな方が活躍中!

20代、30代、40代、50代、60代、若手から中高年・シニアまで、新卒・第二新卒・転職・経験者・未経験者、様々なスタッフが活躍中です!お子様の手が離れてから再就職される方、外食業界からセカンドキャリアとして入社する方、同業他社からの転職で入社する方も多いです。正社員登用も積極的に行っています

お休みの取りやすい環境

希望のお休み(休日)を出来る限り考慮します!育児(学校行事・お子様の病気)や趣味など、ライフスタイルに合わせた勤務が可能です!シフトは遠慮なく相談してください♪働きやすさが自慢のシダックス!スタッフそれぞれの都合に合わせて、シフト調整はスタッフみんなで協力しています☆

シダックスについて

シダックスグループでは全国の企業・学校・病院等の給食サービス、食堂の受託運営を承っており、全国1,800ヵ所以上のフードサービスを承っています。1959年に社員食堂の運営から創業したシダックスは、給食事業で60年以上の実績を持つリーディングカンパニーです。

事業内容

社員食堂・学生食堂・保育園・病院・福祉施設などの給食受託運営

応募資格

■必要な経験・知識・技能等
・大量調理経験あれば尚可
■必要な資格
・不問

・ブランクのある方も歓迎
・先輩スタッフが優しく丁寧に教えます♪一
緒にお仕事を覚えていきましょう!
・アスリートとして活躍している学生を
食事提供を通してサポートしましょう。

休暇

シフトによる

契約期間

詳細の契約期間、契約更新・更新上限の有無については、各自応募先にお問い合わせください。

受動喫煙防止対策

施策詳細について記載がない場合は応募後、各自応募先にお問い合わせください。

求人ID

X005869602

特徴

  • 中高年歓迎
  • 50代活躍中
  • フリーター歓迎
  • 経験者歓迎
  • 社員登用
  • 学歴不問

あなたにピッタリなお仕事を探してみましょう!

作陽学園高校寮生学食の飲食・フード(給食調理)のお仕事に関するお役立ち情報

岡山県倉敷市周辺の特徴・おすすめスポット

倉敷市は岡山県の南中央部となる、岡山市や総社市などに隣接した場所にあります。面積は355.63平方キロメートル、総人口は2017年12月31日時点で483,901人にのぼり、県内では岡山市に次いで人口の多い市です。本州と四国を結ぶ、瀬戸大橋が架かる地としても知られる同市は、白壁の町が並ぶ倉敷美観地区としても有名です。同市周辺に人類が住み始めた歴史は非常に古く、約二万年前の旧石器時代だと言われています。弥生から古墳時代は、瀬戸内海に面した児島での製塩や、平野部での稲作で栄えていました。1582年以降、備中南部では新田開発が行なわれ、後に綿や菜種などの栽培が盛んになりました。明治に入ってからは、玉島紡績所、下村紡績所、倉敷紡績所が次々に開業し、地域に繊維産業が浸透していく基盤となっています。1941年、三菱重工が航空機製作所を建てたあたりから、高梁川廃川地エリアは水島と呼ばれるようになりました。戦後に水島臨海工業地帯として重化学工業が発展し、多くの企業が進出を遂げています。1967年、倉敷・児島・玉島の3市が合併し、現在の倉敷市が誕生しました。その後も新たに4つの村の編入を経て、岡山都市圏を形成、発展を続けています。