鳥貴族 用賀店(週2日以上・1日5時間OK)ホール・キッチン のバイト・アルバイト求人情報 (W013554499)(夜勤)

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鳥貴族 用賀店

【夕方~夜】履歴書不要!シフトの自由さ最高<友達と一緒の応募も大歓迎> ※週2日以上、1日5時間以上

職種

飲食・フード(ホール・キッチン)

シフト

週2日以上・5時間/日から 相談OK (勤務期間:3ヶ月以上)
週2日以上・5時間/日から 相談OK (勤務期間:3ヶ月以上)
  • (1)
    16:30 〜 01:30
    時給1,150

勤務地

鳥貴族 用賀店

東京都世田谷区用賀4-11-5 リエルナ用賀 地下1階
用賀駅
桜新町駅 徒歩 14分
上野毛駅 徒歩 21分
二子玉川駅 徒歩 22分
上町駅 徒歩 26分

お仕事内容

【ホール】まずはお客様をお席にご案内!そのあとは主に料理やドリンクを運ぶ、空いたお皿を下げるなどをお願いします!【キッチン】カンタンなドリンク作りから!次におつまみの盛り付けなどへステップアップしていただけます!「包丁握ったことない…」という方でも、スグ慣れていただけます♪

求人情報の詳細

給与

①時給1,150円/月払い

給与備考:時給1150円~1500円
※経験・スキルによる

<時給詳細>
17時まで:時給1150円~
17時以降:時給1200円~
22時以降:時給1500円~

研修中の給与変動:なし
交通費支給(当社規定あり)

雇用形態

アルバイト・パート

シフト備考

17:00~翌2:00の間で
週2日・1日3時間~シフトinOK!
●高校生は21時30分までの勤務
●テスト期間や部活の大会前など
忙しいときは週0もOK!
●稼げる22時以降専属、終電前までなど
ライフスタイルに合わせて働けます

★金土日にシフトinできる方、大歓迎!
詳細は別途確認ください。

交通費支給

交通費全額支給

研修

研修あり
(備考:研修中の給与変動:なし)

残業

残業あり

休暇

シフトによる

待遇

制服あり
・交通費支給(当社規定あり)
・食事補助有
・制服貸与(靴は自身で用意
・試用期間無(時給変動なし)
・髪色自由(ピアスは勤務中不可)

応募資格

未経験さんも歓迎!
20代/30代を中心にいろんな人が活躍中★
大学生、高校生、フリーター、Wワーカー
など、さまざまな人が働いています!

応募後のプロセス

ご応募→チャットによるご質問→面接→結果ご連絡

契約期間

勤務期間: 3ヶ月以上

詳細の契約期間、契約更新・更新上限の有無については、各自応募先にお問い合わせください。

受動喫煙防止対策

施策詳細について記載がない場合は応募後、各自応募先にお問い合わせください。

求人ID

W013554499

職場の声

頼れる店長&社員が丁寧にサポートします!既存店のアルバイトメンバーは20代が中心。近くの大学に通っている人、地元が近い人など、いろんな人が活躍しています。店長や社員は20~30代が多いです。みんな気さくなので、困ったこと・お願いなど、なんでも相談してくださいね♪

特徴

  • Wワーク・副業OK
  • 未経験歓迎
  • シフト相談OK
  • 夜のみOK
  • 土日のみOK
  • 駅から5分以内
  • 日払い
  • 昇給あり
  • 髪型・髪色自由
  • 交通費支給

企業情報

鳥貴族 用賀店のロゴ

株式会社鳥貴族

焼き鳥店の運営
大阪府大阪市浪速区立葉1-2-12

株式会社鳥貴族のアルバイト一覧

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鳥貴族 用賀店の飲食・フード(ホール・キッチン)のお仕事に関するお役立ち情報

東京都用賀駅周辺の特徴・おすすめスポット

住宅が立ち並ぶ東京都世田谷区にある用賀駅。江戸時代に建てられたとされる「眞福寺」を始め、多くの歴史を感じられる街です。この「眞福寺」は、宗円和尚が開山、飯田図書という人の手によって開基しました。他にも、1907年に開通した玉電用賀駅跡があります。この玉電は路面電車で多摩川の砂利を運んでおり、玉電の開通によって石油ランプが主流だった沿線の家々に明かりを灯すこととなり、電気を使った生活が始まったのです。かつての駅前には、用賀梅林が整備されており、赤坂や青山方面から多くの子どもたちが遠足で訪れていました。しかし、1969年に玉電が廃止されると同時に、玉電用賀駅もその姿を消していくこととなります。「JRA馬事公苑」では現在も馬に関するさまざまなイベントが開催され、近隣住民の憩いの場となっています。もともと、1940年に帝国競馬協会によって、馬術の普及、騎手養成を目的として設立されました。また、この年に東京で開催される予定だったオリンピック大会の馬術競技の会場となっていましたが、戦争によって中止となり、それ以降は軍馬の改良や訓練などに重きをおいて使用されています。その後、1964年にオリンピック大会が開催され、改めて馬術競技の会場として使用されました。それを記念して、苑内にはオリンピック記念碑が建てられ、現在でもこの「JRA馬事公苑」のシンボルとして親しまれています。